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【終末期医療】 |
終末期医療とは、治る見込みがない、現在の医療では治療法がない、高齢のため回復の見込みがないなどのため、患者の死が間近で避けられない時の、死を迎えるまでの医療を指す。
「患者の権利章典」(1991年・医療生協)、「真実を告げる医療の実施にあたって」(1996年・高知医療生協)を実践し、患者と医療従事者の相互理解に基づいて「自己決定権」を尊重し、残された人生を有意義に過ごせるように、またその人らしい死を迎えられるようにできるだけのサポートをする。
終末期においては、本人の事前の意思表示(リビングウィル)があればこれを尊重し、ない場合には、家族との面談の中で患者の意思を推定することもある。
@ 終末期であることの確認
管理部医師を含む複数の医師、医療従事者が病状を把握し、検討、評価しておく。その結果を主治医がカルテに記載する。
A 患者、家族と病状認識の共有
患者、家族への説明は主治医が行う。患者と、あるいは患者本人の判断能力がない場合は患者家族とのカンファレンスを行う。説明の内容と患者、家族の意向はカルテに正確に記載する。
B 治療方針、治療内容について
患者、家族との同意に基づいて、全体的な治療方針にだけでなく、具体的に薬物治療をどこまで行うか、輸液や昇圧剤をどうするか、人工呼吸器の使用をどうするか、などの合意を共有しておく。
さらに患者、家族との面談を頻回に行い、意向の修正、変更、撤回に最大限答えられるようにする。ただし積極的安楽死については、いまだ社会的合意が十分ではなく、当院ではこれを行わない。
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【宗教に関する問題】 |
医療と宗教の関係では、産科における「出生前診断」「中絶の容認」などがあるが、産科のない当院で患者の信仰が医療行為に影響を与えるのは、「エホバの証人」の輸血問題を除くとほとんどないと考えられる。
当院では必要な場合は輸血を行うことを基本とする。
「エホバの証人」と輸血に関しては、過去の判例からは、患者の承諾なく輸血をした場合、民事裁判では患者の自己決定権が尊重され人権侵害の認定が確定されている。
患者から輸血拒否の明確な意思表示があった場合、不幸な結果となっても民事訴訟となる可能性は極めて低いと考えられるが、その場合でも、刑事責任の可能性は否定されてはいない。
以上より輸血が必要、あるいはその可能性のある治療が必要な「エホバの証人」の患者には次のように対応する。意識障害もなく、時間に余裕のある成人患者で、十分な説明の上で輸血を拒否する患者の治療は断る。
緊急性がある成人患者で、輸血を拒否する場合はこれを行わない。意識障害のある成人患者で、「輸血謝絶兼免責証書」を持っていれば輸血はしない。持っていない場合、家族から患者の輸血拒否の意思確認ができなければ輸血を行う。
この場合、回復後の患者の精神的ケアが必要となる。未成年者の場合その判断能力が何歳から認められるかは議論があるが、15歳以上では成人と同様に対処する。15歳未満では親権者の意向に沿うよう努力するが、必要に応じて輸血することも止むを得ない。
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【医療行為の妥当性】 |
今までに経験してきた医療行為の妥当性を必要に応じて点検していく。未だ当院で経験をしていない新しい医療行為、あるいは今後新たに開発されてくる医療行為については、その導入に関して倫理委員会で検討していく。
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